保護者様へ、「すみません」でなくてもいいんです。

こんにちは。ビーンズの田島です!
今日は昨日のお話から繋がって保護者の方の「申し訳ない」という気持ちについてです。
昨日の記事に例として出した保護者の方のように自分の子どもを支援者に預ける事に
「申し訳なさ」を感じられている方はたくさんいらっしゃるように感じます。

僕自身たくさんの
「すみませんね」「迷惑かけます」
というような謝罪の言葉で我が子を送り出す方々を見てきました。
それは誰もが人にものを頼むときに口にする軽い「すみません」
とは確実に違う心からの申し訳なさを含んだ言葉です。

その言葉の裏には保護者様の子育てのご苦労がどれほど積み上っているのか
いちヘルパーの僕には想像もつきません。
なので、そこにとやかく言う筋合いなどないことを重々承知の上ですが、
敢えて僕が感じている事を述べるのであれば、

願わくばそんなに謝らないでいただきたいと思っています。

ちょっとゆっくり説明がひつようだと思います。

謝る理由はたいていは本人が「他人に迷惑をかけるから」です。
つまりその次点で本人は社会的に「迷惑な存在」と決定づけられる事になります。
そして、ヘルパーはその処理を担う汚れ仕事の引受人ということになります。

確かにそういう側面もあるかもしれません。
僕の知人で障がい者ヘルパーの現場を見た人はこう言っていました。
「これは間違えると汚物を処理するような仕事になるね」

汚物のような誰もが嫌がるものを処理し、
その苦労の対価としてお給料をもらう。
これはまた僕の肌感になってしまいますが、
そのような意識で仕事をされているヘルパーの方は確かにいらっしゃいます。

それが正しい事なのかどうかは僕の知識と経験からは
申し上げる事は出来かねるのですが、
会社として、そして僕個人としてそこにもの申すなら、
「それは本当の支援ではない」と言う事です。

ビーンズでは障がいのある方と関わる事が「苦労」なのではなく、
そもそもそれ自体が「楽しい」ものであるということ。
それこそが本当の「支援」の形なのであり、
社会に新しく発信して行きたい文化なのです。

もちろん仕事に慣れていくための苦労や大変さはあります。
しかしそれらもひっくるめて障がいのある方と一緒にいる時間が
「とても充実したものである」それが社員一同の考えです。

そこから変わらなければ本当の意味で障がい者と共生できる社会はできないとまで考えています。
そのあたりの事はおいおい時間をかけてお伝えしたいと思います。

お読みいただきありがとうございます。
支援も「しなければならない」ではなく「やるりたいからやる」支援の方がしっくりきます。